狂気の無き氷山へ
時さえも凍り付く極寒の地 トカルトコルデ
大陸は氷で出来ていて 民は必死に飢えを凌ぐ
蔓延る魑魅魍魎は果てなく増え続け
巨大な歯車は古代文明の名残と化す そんな場所の とある冒険家の話
雪を 氷を 鉄を 踏みしめ越えて 私は遠くに見える氷山を目指す。
文字通りの 言葉通りの 氷の山 巨大な一つの氷だ それも今私が立つ氷の大地と繋がった特大の氷だ。
氷の丘を越えれば待ち受けたのは凸凹とした地形だ 場合によっては凹とした部分に凍らなかった水が溜まっている うっかり足を滑らせれば体温の低下とそれによる死は避けられない 迂闊な体温の低下は いとも簡単に私を殺すのだ。≪ハァ・・・ハァ・・・≫ 驚く程に白い 吐息が漏れる 起伏の多い地形は移動に体力を多く使わせる 転倒せぬよう気を付けながら下りを行き 後ろへ滑り落ちそうな上りを行くのだ。 しかし起伏は決して私に対して邪魔な訳ではない 骸骨の馬に乗った 南瓜を被る様なふざけた格好をした 骸達を 恐ろしいデュラハンから身を隠せるからだ。
骸達は遠くに見える古い城の跡地と思われる場所に向かうようだ 私が今居る起伏の多い場所の内 凹んだ場所で身を隠しながら頭だけを出して様子を見る。 骸達はデュラハンの案内に従い遠くに見える古城に赴く その理由は私には分からない 無いのかもしれない 只事実なのは 古城には鎧を身に纏った骸達が 兵士を気取って城の警備を行っている事だけだ。
城はかなり崩壊しており 破損が激しい 彼らは瓦礫を取り除いたり 何処からともなく持ち出したとても暗い暗い赤色の煉瓦で城の修復を行っている事だ。
彼らに見つかれば今までそうであった様に襲撃を仕掛けてくるだろう それに今は機動力のあるデュラハンがいる 数と質は相手のが上なのに 戦闘を始める理由なんてなく 愚策を犯す程 間抜けになったつもりもない。
私の今の目的は高き氷山を登りその頂点から周囲を見渡し地形を頭に叩き込む事である 身を隠しながら山へ 山へ。山の麓と言える場所に辿りついた私はまるで切り離されたかのような断崖絶壁を目にした 足を滑らせぬよう 落下死なんてせぬよう 石橋を叩く所か それを木で補強する程 丁寧に 丁寧に 断崖絶壁に立った 少しの不注意で足を滑らせれば最後 或いは風が吹いても死ぬだろう。
崖の下には巨大な歯車が絡み合うように 氷から飛び出している様が見えた 距離は24M以上 落ちれば死は免れない ぺしゃんことは言わずとも 投げつけた卵やトマトの様に体から液体を垂れ流すだろう。
≪これは・・・すごいな・・・≫
不自然な程に綺麗に切り取られた様な絶壁 飛出し絡み合う巨大な歯車 崖から漏れ出る水がそれを流れる様 私は圧倒されていた。しかしこれで終わりな訳がない まだある筈なのだ 私は何時ぞやに見つけたナット越しの地下に到達していないし 民達が漁を行っていた海の向こうを知らぬのだ 旅は終わらぬ なので最初は山を登る事から。
崖から十分に離れ 私は氷山を登り始めた 頂点目指して 登って 登って 上へ上へ 足に気を付けて 滑り落ちぬよう ピッケルを地面に突き刺し 体を固定するようにして。積もった雪を踏む音が耳に心地良いが 靴越しに感じる冷気が 私に楽しむ余裕を与えない 幸い天気は良い 粉雪も 吹雪も 霧も 無い 青空と白い雲 そして暖かさを感じさせない太陽の光に照らされ 進むべき場所は分かる 濃霧と吹雪のような視界を奪われる状態でなければ 大した問題はないのだ。
私という存在は 基本的に視界に頼って生きている 故にそれを奪われるような状況でなければ基本的に余程の不注意や 死角からの奇襲等でなければ 生死を賭ける取引を行う事もない。あぁそれよりも もう少しで登りきる・・・ それにしても遠くからでもその姿が見えたが 近くにくれば来る程人型なのだとわかる 氷山の頂点に腰を掛けた雪の体を持った巨人 体も顔も崖の方を向いており 私に気が付いた様には見えない 友好的であり尚且つ知的な存在であるなら会話を試みたい所だが如何せん情報は少なく そして私は余りにも接近し過ぎている これで問答無用で襲い掛かってくるような存在であれば私はある意味断崖絶壁に立っているとも言える。
ぼんやりと山の頂点から見た崖の方は歯車など飛び出た場所はあれど そこから先繋がった海も陸地も見えない 断崖絶壁と崖を評したのはその見た目からだったが 存外その通りなのかもしれない 続いていないのだ この崖の向こう側には 何もなく 崖の真下は奈落のようで底が見えない しかしそれは光が届かぬ故の見えない底なのではなく 何も存在しないからこそ分かる 文字通りの奈落なのだと 理解した。
とりあえず雪の巨人からは離れ 氷山を下りながら休憩を挟む合間合間で内陸側の地形を脳内に叩きこんだ。こういった情報は自分の現在地を特定するのに大事だからだ。私は平地で]カマクラ[を作り始め 夜に備えた。夜の活動は死を覚悟する 低体温症だ 体温の低下は当然の様に人を殺す 唯々冷酷な現実なのだ。
故に これ以上日が沈む前にカマクラを造り終えなければならない。時間管理が些か雑な様にも思えるが 正直それ程苦ではない それが慣れなのか 或いは私の建築速度が異常なのか・・・。